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第27話 オウジサマ

Auteur: 文月 澪
last update Dernière mise à jour: 2025-08-05 16:00:35

 その後のことは、よく覚えていない。たぶん警察に誰に刺されたか、とか聞かれたけど、記憶を封じ込めてしまった俺に答えることはできなかった。

 両親は凜ちゃんの親を疑ったが、証拠がなく、逮捕に至らなかったと語る。今も俺の腹に残る傷跡がそうだとも言っていた。

 雨も降っていて人通りが少なかったことが犯人に有利に働き、被害者である俺も覚えていないんじゃ、警察がいくら調査しても結果が出るはずはない。

 それからの俺は、まさしく人が変わったようになってしまったらしい。守るべき女の子を忘れた俺は、気力をなくしていったんだろう。何をするにも無気力で、それが返ってガラの悪い奴らから『チビのくせにスカしている』と難癖をつけられた。

 そうして俺は猛獣と呼ばれるようになって、増々凜ちゃんから遠ざかっていく。

 痛む頭を押さえながら、獰猛な声が漏れ出た。

「……あんっのクソババァ……! どんだけ凜ちゃん苦しませれば気が済むんだ!? ふざけやがって……一発殴らなきゃ気が済まねぇ……」

 ゆらりとベッドから降り立つ俺に、母親は若干引きながら喚いている。

「え、え、思い出したなら性格戻るのがお決まりなんじゃないの!? てか、トラウマだったんだよね!? なに克服してんの! 昔の夕貴に戻るかもって期待したのにぃ! あ、ちょっと! 勝手に帰らないでよ!」

 ひとりで大騒ぎしている母親を保健室に置き去りにして、俺は下駄箱で靴を履き替えると、一目散に校門へ向かって走った。もう下校時間を過ぎているということは、18時くらいか。

 凜ちゃんは部活があるから、まだそう遠くへは行っていないはず。確か徒歩通だったし、買い食いもしないタイプだ。というか、あのババァがさせる訳ねぇ。

 思い出した幼稚園での凜ちゃんは、いつも何かを気にしていた。誰かが転べばすぐに

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